熊本地方裁判所 昭和60年(ワ)624号 判決
原告
拝田ハルミ(ほか四二名)
右四三名訴訟代理人弁護士
竹中敏彦
江越和信
被告
荒尾市
右代表者市長
北野典爾
右訴訟代理人弁護士
森山義文
右復代理人弁護士
伊藤博士
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 所有権移転登記手続請求について
1 本件団地の払下げを巡る経緯
末尾括孤内掲記の各証拠及び当事者間に争いのない事実によれば、以下の各事実が認められる。
(一) 本件団地(西地区)は、昭和二五年度から昭和三三年度にかけて木造平家建一三〇戸、簡易耐火平家建一二戸の台計一四二戸が建設され、その後昭和五〇年度には同敷地内に鉄筋中高層の三〇戸が建設されたものであり、原告ら(ただし、原告古城つや、同坂口澄子、同小山洋子、同西野スヱ子、同廣瀬晶代、同堀川フサエ及び同堀野カヅエについては、各被承継人)は、いずれも昭和二七年五月二一日(原告古城つや)から昭和五五年一一月二六日(原告遠藤武夫)の間に本件団地に入居した者である。本件団地の東に隣接する東地区には、昭和二四年度から昭和三三年度にかけて木造平家建合計一一三戸が建設され、西地区と東地区は中央区団地として一体的に扱われていた(〔証拠略〕)。
(二) 被告は、寺田佐平が被告市長であったころ(昭和二三年六月から昭和二七年四月まで)から市営住宅を入居者に払い下げる意向を示していたが、古閑幹士(在任期間昭和三六年二月から昭和四八年二月まで)及び鴻江勇(在任期間昭和四八年二月から昭和六一年一一月まで)が市長となるころには、中央区団地の払下げが選挙の際に公約として掲げられ、当選後、市議会や建設常任委員会においても中央区団地を払い下げる旨の答弁、見解が表明されていた。被告市役所建築課の担当職員も、本件団地に入居する際には「この住宅は将来払下げになるから、そのつもりで大切に使って下さい。」などと指導し、他の居住者からも同様の説明を受けたため、居住者は中央区団地が将来払下げになるとの確信を抱き、昭和四〇年ごろから中央区団地に居住する婦人で構成する婦人団体等を中心として払下げ運動を展開した(〔証拠略〕)
(三) 昭和四八年九月、被告は中央区団地の払下げに着手するべく、市役所建築課の職員を県住宅課の担当者らと共に建設省住宅局に派遣し、譲渡処分申請の事前協議を行った。ところが、昭和三三年九月一五日住発第二三二号通達によって、法二四条一項に定める公営住宅の譲渡処分に関する建設大臣の承認は、申請にかかる公営住宅が同通達の定める五つの要件すべてを具備すると建設大臣が認めた場合に限り行うものとされており、中央区団地については、「当該公営住宅の敷地が土地利用計画上、公営住宅地として不適当であるか又は当該公営住宅を中高層住宅に建て替えることが敷地の規模、地形等の関係上著しく困難であるため、当該敷地を将釆にわたり公宮住宅用地として保有する必要がないこと」という要件に関し、東地区には建設省、厚生省及び県の住宅が混在し、これらは既に払下げ済みであることや、敷地の状態からも建替計画は困難であるのに対し、西地区は建設省所管の住宅のみで、しかも地形的に平地で建替えが可能であり、かつ、当時、被告における公宮住宅の入居希望者は定員の三、四倍に上り、将来の公営住宅用地として確保しておく必要もあることから、東地区については譲渡処分を承認するが、西地区については建替えの方向が建設省側から示唆された。そこで、被告は、同年一〇月三日、県知事を通じて建設大臣に対し、西地区一四二戸については昭和五四年以降建て替える計画としたうえ、東地区一一三戸についてのみ譲渡処分の承認を申請し、同年一二月二一日、譲渡処分について建設大臣の承認を得、翌昭和四九年六月一〇日までに右一一三戸の譲渡処分が完了した(〔証拠略〕)。
(四) 西地区の住民は、今度は西地区が払下げを受ける番だと信じる一方、東地区の譲渡処分については、西地区の建替えが条件になっているとのうわさが流れたこともあって、昭和四九年三月には西地区についての払下げを求める請願を市議会に提出、受理された。同月二〇日に開催された市議会の建設常任委員会において、右請願につき審査した際には、市役所の建設部長、建築課長らから東地区と西地区との条件の違いが説明され、委員の中にも請願の採択については慎重論を唱える者もあったが、市議の間では、払下げが困難であることは認識しつつ、謂願を採択して払下げ運動を推進すべきとの声が優位を占めたため、右請願は市議会に提出され同月二五日の市議会において採択された。その後も、住民は西地区の払下げを求める運動を展開し、当時の鴻江市長も、昭和四九年一〇月八日、原告ら住民と面会した際に本件団地の建替えはしない旨回答し、昭和五一年三月一五日には西地区一四二戸について譲渡処分とする公営住宅管理計画書を熊本県土木部長に提出するなど、建替計画を変更する態度を示していた。また、市議会も市営住宅払下げ特別委員会を設置し、昭和五二年三月には同委員会の代表らが建設省に調査に出向いたりするなど払下げに向けた活動を行い、また、安田三郎市議が私的に発行した議会だより(昭和五二年三月号)を通じて原告ら居住者にアピールするなどしていた。その結果、居住者らは、本件団地の払下げについては相変わらず確信を抱いており、昭和四八年一〇月以降本件団地に入居した者も同様の認識を有していた。
しかし、建設省は、前記昭和五〇年一一月一七日住総発第一六一号通達により昭和三三年九月一五日住発第二三二号通達を廃止したうえ、公営住宅の譲渡処分の承認基準を一部改めて、「当該地域の実情から、公営住宅として維持管理する必要がなく、かつ、建替えにより戸数の増加を図る必要がないこと」という要件を設けたこともあり、住宅用地の取得が困難な状況の下、建替え可能な住宅については建替えを促進する方向であり、市議の任期切れに伴って払下げ問題が建設常任委員会に引き継がれた後の昭和五四年一〇月、昭和五五年一〇月に市議らが建設省を訪問し、陳情した際にも同様の意向が示された。
このように建設省の意向に変化がみられないことから、市当局も払下げは困難であり、建替えの方向を取らざるを得ないと判断し、昭和五五年一一月二八日、西地区住民が市長を訪問した際にも、払下げが困難であることを示唆し、そのころには、それまで払下げ運動を推進してきた市議らも払下げについて悲観的な見通しを示すようになった。市当局は、昭和五六年五月以降、何度か西地区住民との間で話合いを持ち、建替計画に協力を求めたか、話合いは平行線で一向に進展しなかった(〔証拠略〕)。
(五) この間に西地区一七二戸(昭和五〇年に建築された三〇戸を含む。)のうち二三戸が明け渡され、被告は、当初、これらの住宅を建替時の仮入居用の住宅として空家のまま管理していたが、耐用年数を経過して老朽化が進み、また、青少年の非行の温床にもなっていたことから 空家については用途廃止して除却処分することとし、同時に建替促進を図ることにつながるとして、昭和五八年一一月一八日、市長から県知事を通じて建設大臣に対し、用途廃止について法二四条三項の承認を求め、昭和五九年二月二〇日、建設大臣の承認を得、同年八月二日、右二三戸について解体除却し、用途廃止は完了した。市長は、その後の同年一一月二八日にも、西地区のうち空家となっている一五戸につき同様に用途廃止の承認を申請し、昭和六〇年二月一八日、建設大臣の承認を得、同年三月三一日、用途廃止は完了した(〔証拠略〕)。
右のように、被告が本件団地の建替えを前提とした用途廃止を行い始めたことに危機感を抱いた本件団地の住民は、昭和五九年一二月二七日、原告石井ミヨコ、同沖汐信孝、同澤田松次及び同江上敏幸を除く原告ら(以下「調停申立人ら」という。ただし、原告古城つや、同坂口澄子、同小山洋子、同西野スヱ子、同廣瀬晶代、同堀川フサエ及び同堀野カヅエについては、被承継人が申立人であり、原告石井ミヨコ、同沖汐信孝についてはそれぞれ同居人が調停の申立人となっていた。)は、被告に対し、<1>本件団地の払下げについて誠意を持って努力すること、<2>申立人らの同意なしに本件団地の建替えを前提とする除却処分をしないことを求めて、荒尾簡易裁判所に調停を申し立てた(以下「本件調停」という。)。しかし、昭和六〇年二月八日の第一回期日において、被告側が、譲渡処分につき建設省に対して再三にわたり払下げの承認を求めるべく努力してきたが建設大臣の承認が得られない以上、空家から除却処分をして建替計画を進めざるを得ない旨回答したため、成立の見込がないとして調停は不調に終わった。そこで、原告らは、同年七月一二日、被告に対し、この間の被告の不誠実な対応等により精神的苦痛を被ったとして、不法行為を理由とする損害賠償を求めて本件訴えを提起した(〔証拠略〕)。
2 そこで、売買予約契約の存否について判断する。
(一) 本件団地が原告らに現在において払下げ(譲渡処分)がなされず、そのために本件訴訟に至った経緯については、右1において詳細に認定したとおりである。
前示のとおり、公営住宅を入居者に譲渡するにあたっては、事業主体は建設大臣の承認を得なければならないとされており、建設大臣の承認にあたっては、昭和三三年九月一五日住発第二三二号及び昭和五〇年一一月一七日住総発第一六一号の要件を充たす必要があるところ、昭和四八年九月から昭和五五年一〇月までの七年間において、再三にわたり被告側は本件団地の払下げの事前協議を建設省との間で持ってきたものの、ついに建設省側からその承認を得ることができなかったものである。
これについて、原告らは、右建設大臣の承認は効力要件ではなく、そもそも公営住宅は事業主体である地方自治体が所有、管理するものであるから、その建替えや払下げは地方自治体が自由にできるものである。また、地方自治体が行う公営住宅の払下げは、払下げを受ける者との売買契約であり、建設大臣の承認を得ない払下げ契約も有効である。したがって、建設大臣の承認を得ない本件団地の払下げ予約契約、すなわち本件売買予約契約も有効である旨主張する。
原告らの主張するように建設大臣の承認を得ない払下げ契約が有効であるとしても、法二四条一項において公営住宅の譲渡処分に関しては明文をもって建設大臣の承認を要する旨定められているところであり、右承認にあたっては前示通達が発せられており、通達が国民を拘束するものではないものの、下級行政庁たる地方公共団体はこれに拘束され、これに従って行政の執行をしなければならないものと解され、わが国においては、実際の行政が通達によって支配され、通達に従って運用されているのが実情である。
さらに、原告らは、公営住宅の譲渡処分について建設大臣の承認を要するものとされているのは、公営住宅という性質上、建設大臣のさまざまな監督権が認められ、国からの各種補助金が支出されているからにすぎず、建設大臣の承認を得ないで譲渡処分をした場合でも、国の補助金の全部若しくは一部を交付せず、その交付を停止し、又は交付した国の補助金の返還を命ずることができるだけである旨主張する。
確かに、本件団地の払下げに限ってみるならば、被告としては建設大臣の承認を得ないでこれを実行することは法的にも財政的にも可能であったかもしれないが、いわゆる三割自治といわれる現状において、地方公共団体あるいはその長は、法的に可能な事項についても、国の意向を無視してまで行うことは長期的な地方自治の運営にとっては得策でないと考えているというのが現実である。
右検討したところに前示建設省との事前協議の状況及びそれに対する被告の対応状況をも併せ考慮するならば、被告は、本件団地の払下げについての建設大臣の承認が得られなければ、原告らに本件団地の払下げ、すなわち売買予約契約を締結し、あるいは売買契約を締結する意図はなかったものとみるのが相当である。
(二) また、証人中尾貢の証言(一回目)によれば、譲渡処分について建設大臣の承認が得られた後の手続は、譲渡処分対象地を測量し、譲渡価格を決定した後、晋通財産に管理替えをして建築課(昭和六一年四月から管理課)から財政課にその管理を移し、以後財政課において譲渡処分すなわち売買契約を担当することとなるところ、本件団地の入居契約を担当するのは建築課であることが認められる。したがって、被告が原告らと本件賃貸借契約を担当した建築課の職員に売買予約契約の締結権限を与えたとみることはできない。
(三) 以上によると、原告らが本件団地に入居する際、被告との間で、将来一方の意思表示により売買が成立する旨の売買予約契約が成立したと認めることはできない。
よって、その余の点につき判断するまでもなく、売買契約に基づく原告らの所有権移転登記手続請求はいずれも理由がない。
二 不法行為による損害賠償請求について
1 不法行為(1)について
調停申立人らが、昭和五九年一二月二七日、被告に対し、本件調停を申し立てたこと、第一回期日は昭和六〇年二月八日であったことは、前記一1(五)において認定したとおりである。そして、〔証拠略〕によれば、右期日において、原告ら代理人竹中敏彦は裁判官及び調停委員を介して、安田市議発行の市議会だより〔証拠略〕を被告市役所職員の鈴木洋平らに示し、これに対応する被告の文書が存在するか否か及び被告は昭和五一年三月には本件団地を払い下げる方針を打ち出していたのではないかと問い質したこと、これに対し、被告市役所職員は、右該当文書の存在は否定したが、本件団地の払下げの方針については、昭和四八年一〇月に東地区の払下げ申請を行った際に本件団地を建て替える方針が取られた後も、昭和五五年まで三回にわたって建設省に赴き、払下げについて打診してきたが、建設省の承認が得られないなどと説明し、被告が本件団地を払い下げる方向であったことを実質的に認めたこと、本件調停が不調に終わった後、原告ら代理人竹中が熊本弁護士会長を通じて安田市議及び被告市役所に照会したところ、前記認定のとおり、彼告は、昭和五一年三月一五日、県土木部長に対し、本件団地一四二戸を譲渡処分とする公営住宅管理計画書を提出しており、右市議会だよりに対応する文書の存在が原告らに判明したことがそれぞれ認められ、〔証拠略〕のうち、これに反する部分は採用することができない。
右事実によれば、被告市役所職員らは、調停の場において原告ら代理人らに対し、被告所持の文書が存在しない旨の虚偽の陳述をしたことになる。しかしながら、原告らがそれまでの交渉の経緯から被告市役所職員らに不信感を抱いており、右虚偽陳述によって、さらに被告に対する不信感、不満感情を募らせたとしても、それのみで原告らの具体的権利、利益が侵害されたと認めることはできない。
2 不法行為(2)について
前記一1(五)において認定したとおり、被告は、青少年の非行の温床となっていること等の理由から、西地区のうち二三戸について昭和五九年八月二日に、一五戸について昭和六〇年三月三一日にそれぞれ建設大臣の承認を得たうえで用途廃止、解体除却したものであるから、右措置は何ら違法ではなく、不法行為となるものではない。
3 不法行為(3)について
〔証拠略〕によれば、原告江上敏幸は昭和五八年六月に、同澤田松次は昭和五九年六月一日にそれぞれ本件団地を退去したことか認められる。しかし、原告江上については、原状回復措置を取らされたと認めるに足りる証拠がない。また、澤田は、退去するにあたり、畳を替えるなど約六〇万円の費用をかけて原状回復の措置を取らされた旨供述するが(〔証拠略〕)、前示のとおり、被告は、原告澤田の退去以前の昭和五九年二月二〇日には、西地区の二三戸を用途廃止するにつき建設大臣の承認を得ており、しかも、〔証拠略〕によれば、被告は空家を用途廃止することにより建替えを促進する目的を有していたことが認められることを考慮すると、原告澤田の退去当時、被告は、退去により空家となった家屋は除却解体する方針を取っていたのであり、明渡家屋につき原状回復措置を取らせることは考え難いところであるから、澤田の右供述は採用することができない。よって、いずれにしても不法行為(3)の事実は認められない。
4 不法行為(4)について
〔証拠略〕によれば、原告澤田松次及び同江上敏幸を除く原告らの本件団地の各賃料は、別表二賃料一覧表の旧賃料欄記載の額であったところ、被告は、昭和六〇年三月末ごろ、右原告らに対し、同年四月一日から同表の新賃料記截のとおり値上げする旨通知したこと、当時、本件団地は耐用年数を経過し、老朽化が甚だしい状態であったことがそれぞれ認められる。
しかしなから、右各〔証拠略〕によれば、被告においては、昭和五二年度以来公営住宅の賃料が改定されておらず、<1>新しく建設された公営住宅の賃料との間で不均衡が生じていたこと、<2>県営住宅も建設されている八幡台団地については、県営住宅が昭和五八年度に賃料増額され、市宮住宅との間で格差が生じていたこと、<3>建設省はおおむね五年くらいで賃料を改定するよう指導しているのに、被告においては約八年据え置きとなっていること、<4>県下一一市及び隣接する福岡県大牟田市の市営住宅の賃料とも不均衡が生じていること等の理由から、被告の市営住宅について一斉に賃料を値上げしたものであること、しかも、本件団地の新賃料は、賃料上昇率こそ他の市宮住宅に比べて高いものの、法一三条三項の規定に従って算出される家賃限度額に対する割合は決して高いとはいえないことがそれぞれ認められ、右賃料増額は適正に算出された公正なものであって、原告らに対する嫌がらせであると認めることはできない。
5 不法行為(5)について
原告ら提出の陳述書(〔証拠略〕)には、被告が本件団地につき補修工事を一切行っていない旨の記戴がなされている。しかしながら、〔証拠略〕によれば、被告においては、市宮住宅条例に修繕の手続を規定しており、本件団地においても、老朽化や災害によって屋根互や壁の補修等が必要となった場台には、所定の手続に従い、他の市営住宅と同様に補修工事を行っていたことが認められ、これに反する右各証拠は採用することができないから、不法行為(5)の事実は認めるに足りる証拠がない。
6 不法行為(6)について
本件団地の道路が未舗装のままであり、側溝も従釆の小さいもののままであることは当事者間に争いがない。しかしながら、〔証拠略〕によれば、東地区については、昭和四九年に払下げがなされた後、昭和五三年から昭和五九年度にかけて被告市役所土木課の管轄の下で道路の舗装工事、側溝の工事が行われたこと、本件団地については昭和四八年から建替計画が一応打ち出されており、道路、側溝を整備した後に建替計画が施行された場合、先に行った整備費用は無駄になるため、これを避けるため、道路の舗装や側溝の工事は見送られてきたことが認められ、嫌がらせとして本件団地を東地区と差別した事実は認めるに足りる証拠がない。
7 不法行為(7)について
〔証拠略〕によれば、被告は、本件団地の譲渡処分につき建設省の承認を得ることは困難であり、建替えの方向を取らざるを得なくなった昭和五六年五月以降、原告ら又は本件団地の居住者の代表者らとの間で何度も建替計画に関して話合いを持ったことが認められるから、被告が法二三条の九の規定に違反して、本件団地の建替申請をなしたとみることはできない。
また、〔証拠略〕によれば、右建替申請に対する建設大臣の承認が昭和六一年三月二七日付けでなされ、同年六月一九日には被告市長に申請書類が送付されてきたこと、にもかかわらず、原告らには、それから一年以上経過した昭和六二年六月二五日付けで建替申請に対する承認があった旨通知していることが認められる。しかしながら、法二三条の五第六項は当該建替事業により除却すべき公営住宅の入居者に対して、建設大臣の承認を得たことを通知すべきことを定めているが、通知すべき期間については何ら定めていないから、承認から原告らに対する通知まで一年三か月近く経過したとしても、それのみで違法とはいえない。そもそも右建設大臣の承認は、公共団体に対して行う監督上の行為にすぎないから、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらないと解すべきである、したがって、右通知が遅れたことのみで、原告らは具体的権利及び利益が侵害されたとはいえないというべきである。
よって、いずれにしても、右通知の遅れは不法行為とはならない。
8 不法行為(8)及び一体としての不法行為について
前記一1において認定した本件団地の払下げを巡る経緯のとおり、被告は、昭和四八年一〇月までは中央区団地を払い下げる方向であったところ、譲渡処分について建設大臣の承認が得られなかったことから本件団地について建替えの計画であるとせざるを得ず、その後も譲渡処分を行うべく建設省に働きかけていたか、結果として、実現しなかったものである。そして、右にみたとおり、この間の被告の行為は、いずれも不法行為を構成するものではなく、一連の行為を全体としてみても、不法行為とならないことは明らかである。
9 以上のとおり、不法行為を理由とする原告らの謂求は、その余の点につき
判断するまでもなく、いずれも理由がない。
三 賃料支払償務の不存在確認請求について
右二4において認定した事実によれば、被告の原告らに対する賃料値上げの意思表示が原告らへの退去強要をねらった差別的なもので、公序良俗に反すると認めることはできず、他に原告らの主張を認めるに足りる証拠もない。
よって、右賃料値上げの意思表示は適法になされたものであり、値上げ分の支払債務について不存在確認を求める原告らの請求はいずれも理由がない。
四 以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江藤正也 裁判官 秋吉仁美 大藪和男)